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ダイアン・レイン

生年月日
1965年1月22日
出身地
アメリカ/ニューヨーク州ニューヨーク

略歴

父は元演劇のコーチ。母は57年にプレイ・メイトにもなった元モデル。6歳の時から演技の勉強をして舞台に出演。8歳の時にヨーロッパ公演に参加したことも。79年「リトル・ロマンス」で映画デビュー。当時は天才スターの誕生と高い評価を受け、アイドル的な人気も得た。その後83年に「アウトサイダー」でコッポラ監督と出会い、「ランブルフィッシュ」(83)、「コットンクラブ」(84)と立て続けに彼の作品に出演、名実共にスターへの道を登って行く。84年にはもう1本の出演作「ストリート・オブ・ファイヤー」でも、カリスマ・ロックスターを見事に演じて高い評価を受けた(歌は吹き替え)。この頃日本での人気は海外スターの中でも1,2を争うほどだった。ところが、この2本の映画は全米での興行はまったく振わず、不運にも、ここまで順調に歩んできたダイアン・レインのキャリアに大きな影を落とすことになってしまう。ちょうど二十歳という人生の大きな節目とも重なり、これ以後3年に渡って映画の世界から遠ざかることに。87年、復活を期して「愛は危険な香り」をはじめ数本の官能作品にチャレンジするが不発に終わり、以降も映画出演は続けるものの女優としては低迷の時期が続く。00年には「パーフェクト ストーム」で久々のヒット作への出演となったが彼女自身にスポットが当たることはなかった。しかし02年、「運命の女」に主演、年下の男との情事に溺れる主婦役で渾身の演技を披露しアカデミーやゴールデングローブ賞にノミネートされたほか、NY批評家協会賞や全米批評家協会賞など多くの映画賞を受賞、再びその存在に注目が集まりはじめた。翌03年の主演作「トスカーナの休日」も全米でロングラン・ヒットを記録、ゴールデングローブ賞にも2年連続のノミネートとなり、その実力を再認識させるとともに、大人の女性が持つ魅力を存分に表現できるハリウッド女優として確固たる評価を獲得した。88年クリストファー・ランバートと結婚。一女が生まれたが94年に離婚している。03年6月に俳優のジョシュ・ブローリンと婚約、翌04年夏(詳しい日時や場所は明かされていない)、正式に結婚した。

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受賞歴

映画賞受賞回(年度)受賞部門 / 作品
NY批評家協会賞 第68回(2002年)
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