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ウィリアム・ホールデン

生年月日
1918年4月17日
出身地
アメリカ/イリノイ州オファロン

略歴

本名はWilliam Franklin Beedle Jr.。細菌学者を目指していたが学生になった頃から演劇に興味を持ち、パサディナ・プレイハウスで演技を学ぶ。やがて舞台に立つようになり、パラマウントにスカウトされて映画デビュー。下積み後の39年「ゴールデン・ボーイ」で注目される。以降順調に見られたが、第二次大戦を挟んでその後低迷。が、ハリウッドの光と影を映し出した名作「サンセット大通り」の売れない脚本家に扮して見事復活。アカデミーの主演候補に登った。以降は「第十七捕虜収容所」で主演賞を受賞した他、「喝采」、「麗しのサブリナ」、「ピクニック」、「慕情」、「戦場にかける橋」と、ハリウッドの一角を担う大スターとして大活躍。それと同時に実業家としても活動し、アフリカはケニアに1200エイカーにも及ぶサファリ・クラブの共同経営などにも参加した。ブレンダ・マーシャルとは41年に結婚するが、キャプシーヌと不倫関係になり70年に離婚。さすがに晩年は人気も下火になるが、69年の「ワイルドバンチ」、74年の「タワーリング・インフェルノ」。そして76年には再び「ネットワーク」で主演賞候補になるなど、老いても尚その実力を発揮していた。しかし実際は事業の不振、50年代から続いた呼吸器疾患、若い恋人との関係などと悩みも多く、重度のアルコール依存症だったという。そして81年、酔ったまま転倒して頭を大きく切ってしまい、出血多量が原因で急死。その発見は死後数日経ってからという悲しい結末だった。

allcinema ONLINE(外部リンク)

受賞歴

映画賞受賞回(年度)受賞部門 / 作品
ヴェネチア国際映画祭 第15回(1954年)
アカデミー賞 第26回(1953年)
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