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ウォルター・マッソー

生年月日
1920年10月1日
出身地
アメリカ/ニューヨーク州ニューヨーク市

略歴

本名はWalter Matuschanskayasky。牧師だった父の関係で4歳で宗教劇に参加。7歳でシェイクスピアを読み、14歳でポーランド語の『ハムレット』の舞台に立ったという。しかし俳優を目指していた訳でもなく、事務員やボクシングのインストラクター、バスケのコーチなど、職を転々としながらコロンビア大学でジャーナリズムを学ぶ。第二次大戦中は空軍で6つの勲章を得るなど勇敢な兵士だった。が、兵役中に経験した軍の演劇活動をきっかけに除隊後本格的に演技を学び、48年に舞台デビュー。やがて頭角を現すようになり55年には「ケンタッキー人」の端役で映画デビューした。その後舞台ではトニー賞を得たり、TVシリーズの主役も経験するが、演技の巧さが裏目となって66年の「恋人よ帰れ!わが胸に」まで映画の方は低迷を続けていた。しかし同作でアカデミー助演賞を受賞。以降はジャック・レモンと名コンビ振りを発揮するなど、多くのコメディ作品で活躍する一方で「マシンガン・パニック」、「突破口!」、「サブウェイ・パニック」とB級犯罪映画の秀作にも出演。「がんばれ!ベアーズ」のバターメイカーさん役も忘れ難い。晩年はジャック・レモンと再び組んで「ラブリー・オールドメン」や「ラブリー・オールドメン/釣り大将LOVE LOVE日記」に出演。結婚は2度で息子、チャールズとデイヴィッドは監督と俳優になった。ヘビー・スモーカーとしても知られ、68年に心臓発作を起こして以来、幾つかの手術を受けたりもしていたが00年、心臓発作の為にこの世を去った。現在はマリリン・モンローやナタリー・ウッドと同じ墓地に眠っているという。

allcinema ONLINE(外部リンク)

受賞歴

映画賞受賞回(年度)受賞部門 / 作品
ゴールデン・グローブ 第33回(1975年)
  • 男優賞(コメディ/ミュージカル)

  • サンシャイン・ボーイズ
アカデミー賞 第39回(1966年)
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