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エドワード・G・ロビンソン

生年月日
1893年12月12日
出身地
ルーマニア/ブカレスト

略歴

本名はEmmanuel Goldenberg。10歳のときにNYに渡る。最初は弁護士かユダヤ教の牧師になるつもりだったがカレッジ在学中に演劇にハマり、奨学金を得てアメリカ芸術アカデミーに学ぶ。13年に舞台デビューし、2年後にはブロードウェイに進出。約15年に渡って精力的に舞台活動を続けていく。23年「ブライト・ショール」で映画デビュー。「犯罪王リコ」以降はワーナーのギャング映画には欠かせない存在となって活躍。44年の「深夜の告白」での熱演も印象に残るが、やはり代表作として覚えておきたいのは48年の「キー・ラーゴ」であろう。その後絶頂期を迎えるはずだったが、第二次大戦中からの反ナチ活動を共産主義者と疑われ、いわゆる“赤狩り”の公聴会に呼ばれたり、世界的な絵画コレクターだったが離婚の慰謝料を捻出するために数多くの絵画を売却せざるを得なくなったりと、公私共に不遇の時期が続いてしまった。映画復帰した54年以降は次第に脇役にまわるようになったが、「十戒」や「逆転」、そして65年の「シンシナティ・キッド」など、強い印象を残して映画ファンに愛され続けた。72年にはこれまでの功績を称えてアカデミー名誉賞を受賞。病床で受賞を聞いた時は感激のあまり、号泣したという。翌年、ガンのためこの世を去った。息子、エドワード・G・ロビンソン・Jrも俳優になった。

allcinema ONLINE(外部リンク)

受賞歴

映画賞受賞回(年度)受賞部門 / 作品
アカデミー賞 第45回(1972年)
  • 名誉賞
カンヌ国際映画祭 第3回(1949年)
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