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ロバート・ミッチャム

生年月日
1917年8月6日
出身地
アメリカ/コネチカット州ブリッジポート

略歴

“スリーピング・アイ”と称される通り、その眠たそうな顔立ちとガッシリとした風貌で多くのファンを魅了した個性派タフガイ。本名はRobert Charles Durman Mitchum。父が1歳半の時に死亡。姉や弟のジョンと共に母の実家へ移る。14歳の時に家を出て各地を転々としながら肉体労働に従事。やがてカリフォルニアに渡り飛行場で仕事をしながら地元劇団に加入。その後42年に映画デビューを果たす(一時期“ボブ・ミッチャム”と名乗る)。44年にはRKOと契約を結び「ネヴァダ男」に主演。翌年の「G・I・ジョウ」では早くもアカデミー助演賞候補となった。48年、マリフファナ吸引の容疑で逮捕され、2年間投獄されるというスキャンダルに巻き込まれるが、裁判で冤罪を実証して無罪となった。以降イメージダウンの逆境をはね返し、マリリン・モンローと共演した54年の「帰らざる河」、名優チャールズ・ロートンが生涯ただ一度監督を手掛けた「狩人の夜」、強烈な悪役を演じた「恐怖の岬」、そして巨匠デヴィッド・リーンの「ライアンの娘」など、数々の傑作に出演。アクション・ファンには「眼下の敵」や、「史上最大の作戦」、そして「エル・ドラド」などで頼もしいヒーローを演じて親しまれた。幼なじみのドロシーとは40年にに結婚。息子のクリス、ジェームズと孫のキャリー、ベントレーと皆彼の後を追って俳優になった。97年、肺ガンによる呼吸器疾患で就寝中に死亡した。

allcinema ONLINE(外部リンク)

受賞歴

映画賞受賞回(年度)受賞部門 / 作品
ゴールデン・グローブ 第49回(1991年)
  • セシル・B・デミル賞
LA批評家協会賞 第6回(1980年)
  • 生涯功労賞
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