ここから本文です

ジョーン・クロフォード

生年月日
1905年3月23日
出身地
アメリカ/テキサス州サンアントニオ

略歴

本名はLucille Fay LeSueur。生れてまもなくカンザスに移住。ウェイトレスなどをしていた19の時、チャールストン・ダンスのコンテストに入賞したことからダンサーとなり、デトロイトなどを経てブロードウェイのレヴュー団に入団。その後MGM幹部に見出され、本名ルシール・フェイ・ルスールの名で25年「美人帝国」映画デビュー。同年の「古着屋クーガン」出演が好評を得たためMGMは彼女を売り出す事に本腰を入れ、映画雑誌で芸名を公募。「三人の踊子」からはジョーン・クロフォードとなった。28年「踊る娘達」で脚光を浴び、翌年彼女のトーキー第一弾となった「ハリウッド・レヴィユー」では歌やダンスを披露して喝采を受けた。この頃からマネー・ランキングにも顔をだすようになり、32年にはガルボと「グランド・ホテル」で共演。38年頃には年間90万通のファンレターがあったと言う。45年、WBに移り「ミルドレッド・ピアース」でアカデミー主演賞を受賞。62年「何がジェーンに起ったか?」ではベティ・デイヴィスと共演して健在振りをアピール。以降はホラー作品に出演。29年、ダグラス・フェアバンクス・Jrと結婚。33年離婚後は35年フランチョット・トーン、42年、フィリップ・テリーと再婚後(一児あり)、56年当時のペプシ・コーラ社長と四度目の結婚をした。59年の夫の死後はペプシの副社長に就任したこともある。養子も3人いてそのひとりが書いた自叙伝は後に「愛と憎しみの伝説」として映画化された。77年死亡。

allcinema ONLINE(外部リンク)

受賞歴

映画賞受賞回(年度)受賞部門 / 作品
ゴールデン・グローブ 第27回(1969年)
  • セシル・B・デミル賞
アカデミー賞 第18回(1946年)
本文はここま>
でです このページの先頭へ