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ピエトロ・ジェルミ

生年月日
1914年9月14日
出身地
イタリア/ジェノヴァ

略歴

少年時代は新聞売りなど職を転々とし商船学校に入るが、やがて俳優を志してローマに向かう。映画実験センターの演劇科で三年間学んだ後、監督科に転籍。助監督やエキストラとして下積み生活を送り、45年の“Il Testimone”で監督デビューを果たした。主演も兼ねた監督作である「鉄道員」が評価され、61年の「イタリア式離婚狂想曲」でアカデミー脚本賞を受賞。66年の「蜜がいっぱい」でカンヌ映画祭グランプリを受賞して、国際的に名声を得た。役者としても活躍し、「刑事」や「わらの男」など自らの監督作のほか、「くち紅」、「ビアンカ」などの映画に出演している。74年、肝炎のために死亡。

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受賞歴

映画賞受賞回(年度)受賞部門 / 作品
カンヌ国際映画祭 第19回(1966年)
アカデミー賞 第35回(1962年)
カンヌ国際映画祭 第15回(1962年)
カンヌ国際映画祭 第9回(1956年)
  • 国際カトリック映画事務局賞

  • 鉄道員
ヴェネチア国際映画祭 第12回(1951年)
ヴェネチア国際映画祭 第12回(1951年)
ベルリン国際映画祭 第1回(1951年)
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