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オードリー・ヘプバーン

生年月日
1929年5月4日
出身地
ベルギー/ブリュッセル

略歴

本名はAndrey Kathleen Ruston。貿易商の父とオランダ貴族出身の母の下に生まれ、5歳の時に戦争のためイギリスへ渡りロンドン郊外の寄宿学校に通う。10歳の時、両親が離婚したのをきっかけに、母と共にオランダに移住しバレエのレッスンを始めた。以後、戦火の中、モデルなどをして生計を立て、48年、単身ロンドンに渡りマリー・ランバート・バレエ学校に入学。プロとして舞台デビューを果たす。50年に端役として映画に出演。以降、数本の作品に出演した後、51年、撮影中に『ジジ』の原作者であるコレット女史と出会い、同作のブロードウェイ公演で主役に抜擢される。その舞台を見たウィリアム・ワイラーにより53年「ローマの休日」にて主役の座を獲得。作品の大ヒットと共にアカデミー主演女優賞を受賞し、一大ブームを巻き起こす。以後はスター街道を突き進み「麗しのサブリナ」、「尼僧物語」、「ティファニーで朝食を」、「暗くなるまで待って」でアカデミー主演女優賞にノミネートされた。メル・ファーラーとの間にショーンをもうけた後、68年に離婚。翌年精神科医と結婚するも一児を残してこちらも離婚に至っている。晩年はユニセフに親善大使として参加。ソマリアで難民救済に力を注いでいた。93年直腸ガンのため、63歳でこの世を去った。しかし今なおCMなどに彼女の映像が使われているように、“永遠の妖精”はいつまでもその清純な美しさで我々を魅了し続けてくれるであろう。

allcinema ONLINE(外部リンク)

受賞歴

映画賞受賞回(年度)受賞部門 / 作品
アカデミー賞 第65回(1993年)
  • ジーン・ハーショルト友愛賞
ゴールデン・グローブ 第47回(1989年)
  • セシル・B・デミル賞
NY批評家協会賞 第25回(1959年)
アカデミー賞 第26回(1954年)
ゴールデン・グローブ 第12回(1954年)
  • 世界でもっとも好かれた女優
NY批評家協会賞 第19回(1953年)
ゴールデン・グローブ 第11回(1953年)
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