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グレイス・ケリー

生年月日
1929年11月12日
出身地
アメリカ/ペンシルヴェニア州フィラデルフィア

略歴

本名はGrace Patricia Kelly。アイルランド系の建築業者の父親とドイツ系の母親との間に生まれた4人兄妹の三女。幼い頃からダンス、バレエなどを習い、18歳の時に女優を目指しニューヨークへ渡りアメリカ演劇アカデミーに入学。ブロードウェイで『父』の端役で出演しているところをスカウトの目に止まり、51年、“Fourteen Hours”で映画デビュー。その作品を見たスタンリー・クレイマー監督が「真昼の決闘」のヒロイン役に抜擢。一躍脚光を集める。以後、ヒッチコック作品などに出演を重ね(「裏窓」の時の美しさは溜息が出るほど!)人気を不動の物にし、気品に満ちたその美貌は「クール・ビューティー」と称された。54年には「喝采」でアカデミー主演女優賞を受賞。その後、カンヌ映画祭で知り合ったモナコ王国レーニエ国王と、56年4月18日に結婚。以降、映画界からの再三の誘いにも応じずにその立場を守り続け、3人の子供にも恵まれた(妊娠中のお腹をそっとバッグで隠した写真がLIFE誌の表紙を飾り、そのバッグが後に「ケリー・バッグ」と呼ばれるよう)。しかし82年、自ら運転する車で南仏の別荘からモナコに戻る途中、脳梗塞を発症してしまい、急カーブの坂道でガードレールを突き破り、道路横の崖を転落。搬送先の病院で意識が戻らないまま翌日にこの世を去ってしまった。

allcinema ONLINE(外部リンク)

受賞歴

映画賞受賞回(年度)受賞部門 / 作品
アカデミー賞 第27回(1955年)
ゴールデン・グローブ 第13回(1955年)
  • 世界でもっとも好かれた女優
NY批評家協会賞 第20回(1954年)
NY批評家協会賞 第20回(1954年)
NY批評家協会賞 第20回(1954年)
ゴールデン・グローブ 第12回(1954年)
ゴールデン・グローブ 第11回(1953年)
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