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マレーネ・ディートリッヒ

生年月日
1901年12月27日
出身地
ドイツ/ベルリン

略歴

本名はMaria Magdalena Dietrich。幼い頃からヴァイオリンを習っていたが手首をケガし、それからは女優を夢見るように。演劇学校に入学直後から舞台に立つようになり、23年には映画デビュー。30年の「嘆きの天使」演出のため、ベルリンにやってきたジョセフ・フォン・スタンバーグ監督が彼女の立つ舞台を見たことからローラ役に抜擢。退廃的な魅力と抜群な脚線美と共に“フォーリング・イン・ラヴ・アゲイン”もヒットして世界的に有名になる。その後アメリカに渡りパラマウントと正式契約。以降、スタンバーグの元でその実力を開花させて行く。が、37年の「鎧なき騎士」出演後に母国からヒトラーの使者が現れ、ドイツ映画に復帰するよう説得されるがディートリッヒはこれを完全拒否。そのためドイツでは当時彼女の作品を焼却処分にしてしまったという。その後39年にアメリカ市民権を取得。第二次大戦勃発後は前線慰問や反ナチ運動に積極的に参加して47年にはアメリカ国民最大の栄誉である“自由勲章”を与えられた。終戦後は「狂恋」でジャン・ギャバンと共演(実は恋愛関係にあったと後に発表)。53年からは名曲“リリー・マルレーン”などの歌で世界各地をリサイタルして廻り新境地を開いた(日本にも70年の大阪万博と74年に来日)。結婚は24年に映画製作の助手、ルドルフ・シーバーと1度きりだったが殆ど別居状態のまま、彼の死まで離婚はしなかった。一女がいて48年には孫が誕生。“世界一グラマーなおばあちゃん”と揶揄されたことも。78年「ジャスト・ア・ジゴロ」が映画出演最後となって(「MARLENE/マレーネ」はナレーションのみ)92年、パリで老衰のためこの世を去った。

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