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ケイト・ベッキンセイル

生年月日
1973年7月26日
出身地
イギリス/ロンドン

略歴

1973年、イギリス・ロンドンに生まれる。両親はともにTVドラマを中心に活躍する俳優だったが、父リチャードは79年(この時ケイト6歳)、不幸にもわずか32歳にしてこの世を去った。地元ロンドンのパブリック・スクール(私立学校)に通った彼女は、10代の頃、少年少女作家コンテストで2度も受賞している。一度は3本の短編、もう一度は3編の詩での受賞だった。極度の拒食症や喫煙癖などあまり平穏とは言えない思春期を経て、徐々に女優への道を歩み始める。彼女の本格的な女優デビューは91年、第二次大戦を扱ったTVドラマ「風に向かって」。この頃すでに、女優を職業にすることを決断していたケイトではあるが、視野を広めるためオックスフォード大学へ進学、フランス文学とロシア文学を専攻する。しかし、オックスフォード1年目に、ケネス・ブラナー監督の「から騒ぎ」でメインキャストの一人として思いもよらぬ映画デビューを果たす。オックスフォード在学中、この他に3本の映画に出演した。3年の時には、オックスフォードの海外研究プログラムに参加、パリでフランス語とフランス文化に浸って過ごした。しかし、いよいよ学業と女優の両立が困難になったため、94年春、オックスフォードを中退、女優業に専念する決断を下した。94年に彼女が主演したBBCのTVドラマ「Cold ComfortFarm」はアメリカでも高い評価を受け、批評家の注目となる。95年前半には舞台にも出演、劇団とともにイギリス国内ツアーを経験する。ツアー終了後、いくつかの“退屈な”プロジェクトを断り、「月下の恋」に出演、映画の世界でのキャリアを再スタートさせた。その後は、TVムービー「ジェーン・オースティンのエマ」、「シューティング・フィッシュ」と順調にキャリアを重ねる。98年、クロエ・セヴィニーと共演した「ラスト・デイズ・オブ・ディスコ」でアメリカへ進出、その次の「ブロークダウン・パレス」がクレア・デインズとの共演で中ヒット、アメリカでの知名度を上げる。そして01年、メガヒット映画「パール・ハーバー」で、降板したシャーリーズ・セロンの代役としてヒロインに抜擢され、一気にブレイク、トップ・スターの仲間入りを果たす。その後、「セレンディピティ」「しあわせの法則」に出演したのち、03年には主演作「アンダーワールド」が全米No.1の大ヒット、シリーズ化もされ、ヴァンパイアのヒロイン“セリーナ”は彼女の当たり役となった。02年には、ヒーロー・マガジン誌で“イングランドのナンバー1美女”に選ばれた。私生活では99年、俳優マイケル・シーンとの間に女の子リリーちゃんが誕生。しかしその後、マイケル・シーンも出演していた「アンダーワールド」の撮影中、監督をしていたレン・ワイズマンとの関係がロマンスに発展、2人は03年6月に婚約を発表、大きな話題となる。その後04年5月、正式に結婚した。

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