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ダリオ・アルジェント

生年月日
1943年9月7日
出身地
イタリア/ローマ

略歴

映画製作者の父とカメラマンの母の間に生まれ、自然と映画に興味を抱くようになる。古典、作曲を学んだ後、映画評を投稿。ローマの新聞パエーゼ・セラの映画批評を担当するようになる。フリッツ・ラングの作品に影響を受け、サスペンスやホラーに傾倒。67年にベルナルド・ベルトルッチと共同でセルジオ・レオーネ監督の「ウエスタン」の原案を書いたのがきっかけで、以後戦争映画やマカロニ・ウエスタンの脚本を手掛けるようになる。68年の『ある夕食のテーブル』の脚本がチタヌス社のプロデューサーに注目され、69年に「歓びの毒牙」で監督デビュー。75年の「サスペリア2」ではシッチェス国際恐怖映画祭でグランプリを受賞。77年の「サスペリア」がイタリアで驚異的ヒットとなり巨匠の仲間入りを果たし、80年の「インフェルノ」でハリウッドに進出。プロデューサーとしての活動もさかんで、ジョージ・A・ロメロの「ゾンビ」、ランベルト・バーヴァの「デモンズ」などの製作をつとめた。「サスペリア2」の主演女優ダリア・ニコロディとは公私ともにパートナーだったが、別離。娘のフィオーレは「フェノミナ」等に出演、アーシアは現在のイタリア映画界に欠かせないトップ女優となった。

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