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サラ・ポーリー

生年月日
1979年1月8日
出身地
カナダ/オンタリオ州トロント

略歴

両親ともに役者(母は彼女が11歳の時にガンで亡くなった)という家庭に生まれ、早くから子役として活躍してきた彼女ではあるが、その名を一躍世界中の映画ファンに知らしめたのは、彼女が9歳のときの出演作「バロン」(テリー・ギリアム監督)での少女サリー役であった。その後、TVシリーズ「アボンリーへの道」など順調にキャリアを積み重ねてきたサラは、「エキゾチカ」で見出されたアトム・エゴヤン監督の下で主演した「スウィート・ヒアアフター」で繊細かつ奥深い演技をみせ、各方面から高い評価を受ける。この作品が子役から本格女優への転機となり、以後「go」「写真家の女たち」など単なるアイドル女優とは一線を画すこだわりの作品選びで着実に映画界での地歩を固めている。容貌ばかりでなく、こうした姿勢もあってか、かつては“ヤング・ユマ・サーマン”と呼ばれたことも。小さな頃から政治方面での言動も活発で、湾岸戦争中の12歳の時には、ディズニー作品「アボンリーへの道」で子役を対象にした授賞式に出席した際、ディズニー幹部の制止を無視して平和をアピールする衣装を着続けディズニーを怒らせた(以来、ディズニーのブラックリストには彼女の名が刻み込まれているという)。高校に入ってからは本格的に政治活動にのめり込み(そのため学校も中退)、ある政治デモに参加した際には警官と衝突、奥歯を2本折るという武勇伝まで持っている。ハリウッド嫌いを公言する彼女は、現在もカナダを中心に女優の活動を続ける一方、99年には、短編映画「Don't Think Twice」で監督・脚本デビューを果たすなどさらに活躍の場を広げている。03年にはオリジナルのファンということもあり「ドーン・オブ・ザ・デッド」で久々のハリウッド大作に出演を果たした。03年9月、長年の恋人で編集マンのデヴィッド・ワーンズビーとめでたくゴールイン。06年、「アウェイ・フロム・ハー 君を想う」で念願の長編監督デビューを果たす。

allcinema ONLINE(外部リンク)

受賞歴

映画賞受賞回(年度)受賞部門 / 作品
NY批評家協会賞 第73回(2007年)
LA批評家協会賞 第33回(2007年)
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