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映画は熟成する―――ピアノと映画、大人なカンケイ

アカリ
アカリ

恋愛映画&人生映画が大好物。大学時代に観る専だと勘違いして入った映画研究会で、自主制作映画の女優をや...

人生の中で忘れられない大切な映画ってありますか?
私には、いまのところ2本あります。
そのうちの1本が、ミヒャエル・ハネケ監督の『ピアニスト』。
2001年のカンヌ国際映画際で審査委員グランプリ、最優秀主演女優賞、最優秀主演男優賞の3冠に輝いています。

この映画については語ると長くて......、日本で劇場公開された2002年。
当時、私は東京に出てきたばかりで、「あ、もうちょっとで付き合いそう」という男性と初デートで観に行ったのがこのフランス映画だった。
当時たしかシネスイッチ銀座という映画館で上映していて、「初デート×銀座×フランス映画」なんて、恋愛教科書的には模範解答のようなデートプランを思いついた私たちは天才なんじゃないかと思ったりしながら、うれしはずかし2人で初デートに向かっていた。

※画像はイメージ 写真:ペイレスイメージズ/アフロ

......でも、もしこの映画を観たことのある人なら、銀座で今まさに『ピアニスト』を観ようとするウキウキな若者2人を、全力で止めるだろう......。

なぜなら、『ピアニスト』のあらすじはこうだからだ。
小さい頃からザ・毒親の母親に、恋愛もダメおしゃれもダメ、とにかくピアノ一筋で厳しく育てられた主人公のエリカ。
エリカはウィーンの有名音楽院のスパルタピアノ教授として働いているが、40歳を過ぎても母親とつつましく2人暮らし。おまけに誰にも言えない「とんでもない性的趣味」を持つようになってしまっていた。
そんなある日、イケメンで金持ちで若くて、才能あふれる青年ワルターがエリカの目の前に現れる。
金持ちの道楽的にたしなんでいたピアノで、エリカが教える音楽院に、激戦を難なく制して入学するワルター。
よくもわるくも、エリカの生活に、そして「とんでもない性的趣味」の世界に、ワルターがズカズカと入り込んできて......。

今回私は、『ピアニスト』について書くにあたって、16年ぶりに本編を見返してみた。
そしたらびっくり!
映画後半を、見事にすっかり忘れていた。
これはどう考えたって、エリカの「とんでもない性的趣味」に、ウブな私がびっくりしすぎて、脳内で記憶を消し去ったに違いない。
(まあとにかく、「とんでもない」内容なのです......)

さらにびっくりしたのは、16年前に100%理解不能だった映画の登場人物たちの気持ちや事情が、なんだか手に取るように分かるようになっていたこと。
(完全理解ではないかもしれないが、少なくとも自分なりの理解はできた)

エリカは40年以上、ありとあらゆる欲求をおさえてコンプレックスを煮詰めて生きてきたのに、自分よりもはるかにいろんな点において恵まれているワルターにある日突然求愛されたときの動揺。喜び。恍惚。
......でもそんな、素直に自分の気持ちを表現できるワルターに照らされて、逆に自分の今までの人生がみじめに見えてしまうことへの反発。怒り。絶望。
エリカが絶対に秘密にしている「とんでもない性的趣味」の領域にワルターが入ってきたということは、ワルターにそれらを受け止める覚悟があると思ったのに、ひょいとハシゴを外されたときの動揺。焦り。不安。
......そして再び「とんでもない性的趣味」の領域に自分が押し戻されてしまうことへの反発。悲しみ。絶望。

あの初デートのときから16年、多分私もいろんな人生経験をしていたのだなぁと改めて感じました。
16年前も同じ映画を観ていたはずなのに、受け手の自分が全く違う人間になっているから、映画に対する解釈もまるで違うものになっていた。

同じようにピアノを題材にした映画に『ピアノ・レッスン』がある。
こちらもかなり前の作品(1993年)で、私は映画を観た友達(当時小学生か中学生)に「これはわけわかんないただの恋愛映画だよ」と言われたことがある。

......でもですね、人生ウン十年生きてきた今の私からすると、なにゆってんの。人生や恋に不器用な大人たちの純愛を描いた、力強くて、それでいて残酷で、とても美しい映画だ。

映画に登場するのは、
ピアノを弾くことでしか感情を表現できない主人公エイダ。
人妻のエイダに惹かれるが、肉欲的な間合いの詰め方しかできずにピアノレッスンをエイダに強要するベインズ。
愛が何かも分からずに、人を傷つけることでしか人に関われない、エイダの夫スチュアート。
みんな、どこにでもいそうな欠陥だらけの人間たち(そして彼ら一人ひとりに、私は現実の世界でも会ってきた気がする)のやりとりの一部始終を、天使のような子役のアンナ・パキンがうまくまとめて作品に仕上げている。
『ピアノ・レッスン』は、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを、アカデミー賞では主演女優賞、助演女優賞、脚本賞を受賞している。

Miramax / Photofest / ゲッティ イメージズ

それにしてもなぜ、ピアノは映画でよく取り上げられるのだろうか。
ピアノの音色や、ピアノを弾く手の動きが美しいからか。
美しい音色を響かせるための、血のにじむような練習工程が、禁欲的で美しいからだろうか。
音楽と、弾いている人間の無言の対比が美しいのだろうか。

『ピアニスト』では、厳格なピアノ教授としてのエリカと、「とんでもない性的趣味」をもつエリカの姿が描かれた。『ピアノ・レッスン』では、物言わぬ母親としてのエイダと、情熱的にピアノを奏でる女としてのエイダが描かれていた。
確かに音楽も映画も、およそ芸術というものは、美しいものとそうでないもの、洗練されたものと野蛮なものの対比の中で生まれるものなのかもしれない。

Miramax / Photofest / ゲッティ イメージズ

十数年前には理解不能すぎて記憶から欠落してしまっていた映画も、受け手の機が熟していれば、本当の意味での忘れられない映画になる。
それまでの人生で経験した酸いも甘いも、「監督、あなた私の人生のぞき見してたの?」と言いたくなるくらい、映画でそっくりそのまま再現されていたりするからだ。

映画が人生に追いついたのか、それとも人生の方が映画に追いついたのか。

......そうか、映画も熟成するのか、なんて、ワイン片手に考えてみる。

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Miramax / Photofest / ゲッティ イメージズ


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解説:監督ジェーン・カンピオンの名を一躍有名にしたヒット作。19世紀の半ば、スコットランドからニュージーランドへ写真結婚で嫁ぐエイダ。旅のお供は娘のフロラと一台のピアノ。エイダは6歳の時から口がきけず、ピアノが彼女の言葉だった。夫のスチュアートはそのピアノを重すぎると浜辺に置き去りにし、原住民に同化している男ベインズの土地と交換してしまう。ベインズはエイダに"ピアノ・レッスン"をしてくれればピアノを返すというが......。[シネマトゥデイ]

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恋愛映画&人生映画が大好物。大学時代に観る専だと勘違いして入った映画研究会で、自主制作映画の女優をやらされた経験アリ。『Lolita(1997)』『SATC』大好き。

記事はここで終わりです。

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