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インドのラッパーとスラム街の姿をリアルに描く『ガリーボーイ』

バラトヒポ
バラトヒポ

好みの映画が日本で公開されることが少ないインド映画好き。興行収入の数字で熱くなれる体質。 ...

今年、インド映画は公開ラッシュ。
2月の上映会のときには日本で一般公開されるとは思ってもいなかった『Gully Boy』も『ガリーボーイ』という邦題で公開されることになりました。

音楽関係を中心にプロモーションが行われ、インドでの音楽シーンを紹介する記事が注目されるなど、これまでのインド映画とは違う盛り上がりを見せています。

ムンバイのスラム街ダラヴィに生まれ育ったムラド。大学卒業も近くても将来の希望はなく、家族は崩壊寸前。友達やガールフレンドと過ごしても晴れない日々を過ごしていました。

ある日、大学のイベントで見たMCシェールのラップに感動した彼は、自分が作った詞を歌って欲しいと彼の主催するイベントを訪れます。しかしMCシェールに自分で歌うよう促されたことからラップに夢中になります。やがて「ガリーボーイ」(路地裏の少年)と名乗りラップバトルの優勝を目指していきます。

インドでラップと聞くと不思議に思う人が多いかもしれませんが、「近頃の映画は格好ばかり黒人ラッパーのようなインド人が出てくる」とパロディー動画のネタになるほど浸透しています。
そのためスペイン旅行や地中海クルーズを舞台にした映画を作ってきたゾーヤー・アクタル監督がラッパーの映画を撮るという話を聞いた時、イケイケのオサレ映画になるとばかり思いました。
しかし、実在のラッパーをモデルにした、この作品は冒頭で形ばかりのラップを批判しています。本物のミュージシャンも多く参加し、ムンバイのアンダーグラウンドラッパーの姿を描いています。

ラップの映画ということから言葉を巡る印象的なシーンが数多く出てきます。
罵倒しあうラップバトル、父親の怒鳴り声、伯父からの侮辱。そうした相手を傷つけるために発せられた言葉だけではありません。
例えばスラムツアーの観光客。ムラドの家の狭さに無神経な驚きの声を上げ、上半身裸で横になる彼に「写真を撮ってもいいか」と無邪気にカメラを向けます。
そんなつもりはなくても深く人を傷つける言葉に気づかされます。

土ぼこりにまみれたダラヴィからは立ち並ぶ高層ビルが見えます。
同じ車にいても運転手のムラドは後部座席の雇い主家族とは別世界。
華やかなパーティーに送り届けても、会場に近づくことはできません。
ムラドはそうした現実を前に怒り、悲しみ、それでもあきらめきれない思いを「Apna Time AaGaya(俺の時代が来る)」とラップにしていきます。
ラップの部分にもつけられた日本語字幕は、いとうせいこうが監修しています。

この作品ではムラドに関わる多くの人物が描かれていきますが、中でも目を引くのがムラドのガールフレンド、医学生のサフィナです。
イスラム教徒らしくヒジャブをかぶり、おとなしくそうに見えますが、両親に隠れてムラドと交際し、恋敵には容赦しない激しさをもっています。

彼女は診療所を営む医師の娘。ムラドと比べると経済的に恵まれています。
しかし一人では外出は制限され、母親からは医者になるより結婚を勧められ、束縛され自由ではありません。彼女は両親に表立って反抗しませんが、自分の夢をあきらめず実現しようとする意志の強さを具えています。

インド映画界では関係者の親族が有利になる縁故主義が根強く残り、デビューや役柄は生まれによって大きく左右されると言われています。
ムラドを演じたランヴィール・シンは名門カプール家とはいえ遠縁にあたり後ろ盾を得ることはできませんでした。
そのためデビューの機会を手に入れるまで、多くのオーディションを受け続けたといいます。その姿はムラドに重なります。
一方、サフィナを演じるアーリヤー・バットは映画監督の娘。高校卒業後、いきなり大物監督の作品で主役デビュー。縁故主義の代表のように言われながらも、汚れ役も積極的に挑戦し、インド映画のアカデミー賞と呼ばれるフィルムフェア賞で主演女優賞を2回獲得しています。恵まれた環境だけではない強さを見せる彼女が一筋縄ではいかないサフィナを演じるのはうってつけ。
環境が全く違う二人ですが、9年間交際しているムラドとサフィナのつながりを見事に表現しています。

この作品の舞台となるダラヴィは『スラムドッグ$ミリオネア』の舞台にもなったアジア最大とも言われるスラム街。スラム街と聞いて大勢の貧しい人たちが暮らす、治安が悪くて不衛生な場所と悪いイメージばかり浮かぶかもしれません。
この作品の中でもゴミがたまっているところもありますし、街全体が薄汚れています。
しかし乱雑の中にも一定の秩序があり、人々には活気があり、ムラドは自分が育った「ガリー」(路地裏)を誇りに思っています。
この作品が今年のアカデミー賞国際長編作品賞のインド代表にも選ばれたのも、他の国の人にも分かりやすいラップをテーマにしていることだけでなく、そうした姿を描いているからかもしれません。

この作品を観て、ダラヴィの観光ツアーに行きたくなる人もいるかもしれません。でも、この作品の観光客のようにイスラム教徒に「ナマステー」とあいさつして微妙な空気にしないよう注意してください。どう言ったらいいかは、そのシーンのすぐ後、ムラドのお婆さんが近所の人にあいさつする姿をみれば分かりますよ。

『ガリーボーイ』予告編

映画『ガリーボーイ』
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好みの映画が日本で公開されることが少ないインド映画好き。興行収入の数字で熱くなれる体質。

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